八日目の蝉/角田光代
- 副塾長
- 3月1日
- 読了時間: 2分
執筆者:副塾長
恵里菜は浮気相手につれさられ、薫として、エンジェルホームではリコとして5歳まで偽の母親と暮らすことになる。
恵里菜の両親も元々、お互いの浮気や、母親の精神不安定、父親の何事も決められず、諦めと無関心によってのらりくらりと生きてきたから、この両親の元で育っていても、ごく一般的な安心できる反復のある生活は送れていなかっただろう。
そういった意味では、希和子に拉致され、小豆島の美しい景色と故郷といえる原風景を持てたこと、十分な愛情を経験できたことは幸せだったのかもしれないが、もし、を考えても仕方がない。
どの道、戸籍も健康保険証も問題点が山積みな状況では二人の永遠の幸せは確約されていなかった。通常の親子でも永遠の幸せは確約されてはいないが、希和子と薫はあまりにも土台が脆い。
赤ちゃんの恵里菜を抱き上げるとき、本当にその子の幸せを思えば拉致をしたことは浅はかすぎるのではないかと思うが、角田光代さんは断罪しない。三浦綾子さんなら、客観的な断罪を記述しておいただろう。
エンジェルホームで物心ついたときから12才くらいまで生活し、恋を知らず人生を狂わされた千草。
千草が恵里菜と不倫相手の子を宿し、恵里菜と千草で二人で母親になることを伝えたとき
「私、自分が持っていないものを数えて過ごすのはもういやなの」
という言葉が出たのは震えた。
この言葉をここまで物語にのせることができた構成力に。そして、その強い祈りが僕と同じだったことに。
エンジェルホームでも、皆が母親だったから、私も母親その2にはなれるよ、と。
エンジェルホームのことを本に書く、と言っていたが、恵里菜のことを書いてお金を手に入れるためではなくて、本当に千草自身のために事実と向き合っている。人生の歯車を狂わされ、社会の片隅のような生き方をするしかなくなった千草の、それでも純なやさしさをもっていることに恵里菜だけではなく僕を含めた読者皆が救われるのではないだろうか。
そして、この描写があまりにも美しい。
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